1. 多種多様なチューブへの印刷
「さて、これまでに話してきたことはいわゆる 『出版』 に関することが多かったが、ここらで一般の人があまり印刷関連と考えていない工業製品の分野について触れてみようか。 このメモに 『チューブ類印刷』 とあるが、A君の会社でもやっているの?」「いえ、うちではやっていませんが、他社が手がけているというのを聞いたことがあります」
それを聞いてKさんは、
「じゃあ、まずそのチューブについて話そう」
と説明してくれたのは次のようなことでした。
チューブ類は、大別すると以下のように分けられます。 ①メタル押出しチューブ…アルミ、鉛、すずなどの素材を使ったもので、医薬品、接着剤、食品、靴クリーム、化粧品、絵具などに用いられている。
②プラスチック押出しチューブ…ポリエチレンなどの素材を使用。 遮光性が弱く、バリアー性もメタルチューブより劣るが、透明・カラー化が自在で軽量なことから、外観、流通面で大きなメリットがある。
③ラミネートチューブ…アルミ、紙、ポリエチレンなどの素材を5層~8層に多層ラミネートしたチューブで、練り歯磨に多く使われるほか、化粧品、食品などにも用いられている。
④プラスチックブローチューブ…ポリエチレン、ナイロンなどの素 材でボトル状のものが多く、チューブ容器扱いされない場合もある。 ケチャップ、マヨネーズ、ジャムなどの他、チューブとして化粧品、医薬品、トイレタリーに用いられている。
「このように、包装容器の1分野のチューブ容器も新しい機能素材の使用も含めて種々のニーズに添って多種多様化しているわけだ。 だが、機能性のある容器としてばかりでなく、形態的にも他の容器と競合していく状況にあるから、印刷を含めた表面のデコレーションの高級化、高質化が求められている分野といえるだろうね」
2. コーヒーカップにも印刷
そしてKさんは、目の前のテーブルに置かれたコーヒーカップを手に取ると、次の話題に移ります。「このメモにあるところをみると、A君もコーヒーカップの模様が印刷だということは知っていたようだね」
「いえ、正直にお話しするとテレビのクイズ番組で初めて知ったんです。 今回、身の回りにある印刷関連のものを調べてみようと思ったのも、じつはその番組でけっこう答えられないクイズがあってくやしかったからでして……」
この話を聞いて、Kさんは大笑い。 恥ずかしそうに苦笑するA君に気づいて、小さな咳払いをしたあと次のように続けました。
「いや、悪かった。 あんまり君が正直なものだから、つい大笑いしてしまった。 でも、きっかけはどうあれ、それを自分自身の向上に結びつけようと思ったんだからえらいよ。 ふつう、なかなかそうは思わないもんだ」
そして、コーヒーカップと同じように 「曲面印刷」 が行われているものとしてKさんが話してくれたのは 「漆器印刷」 のことです。漆塗りのお椀やお盆などの加飾として、表面に蒔絵、沈金などが施されていますが、この蒔絵にも印刷が利用されているというのです。 お盆や重箱などの表面は平面印刷でできますが、お椀などは曲面印刷をしています。 手書きでは表現できない模様の加飾が印刷でできているというわけです。
「レザー、合成皮革印刷」 という分野があることはA君も知っていました。
どのような柄を印刷し、どのような凹凸をつけるか、表面加工処理にいかに種々の印刷技術を活用するかは、その製品の美観と立体感のイメージに大きな影響があります。 もちろんそれ以外に、機能面の磨耗性や触感、耐性なども考慮しなければなりません。
このようにいろいろな分野に活用されている印刷技術は、今後私たちの社会生活に係わるものにたくさん利用される可能性があるものの一つかもしれません。
3. IC、LSIの製造技術と印刷
「ICやLSIの製造に印刷が大きな役割を果たしていることは、最近かなり有名になっているからA君も知っているだろうが」と、Kさんが話しはじめたのは 「精密部品」 に関連する印刷技術のことでした。テレビやコンピュータをはじめとして、いろいろな工業製品の中にも印刷技術を利用した部品が使われています。カラーテレビで、ブラウン管のパネルの内側に塗られた蛍光体に電子銃から発射される電子ビームを導く数10万~数100万個の微細な孔が開けられたシャドウマスクは、その孔の小ささや (ミクロン単位) 高い精度が必要なため、機械的に行うことが難しく、印刷技術の一種である 「腐食 (エッチング) 技術」 が使われています。
シャドウマスクよりもさらに微細で、ミクロン以下の高精度を要求されるものにフォトマスクがあります。
フォトマスクはICやLSIなどの集積回路を作るときに回路のパターンを焼き付ける原版となるものです。 集積回路のチップはどんどんと小さくなることが要求されており、そこに複雑な回路をいくつも組合わせて一つの集積回路とするわけですから精度への要求もますます微細に。 現在回路一本の線は1ミクロン程度の太さで、精度としてはそれ以上が必要になります。そして、マイクロチップをのせて、基盤に装着するためのリードフレームも、一つのチップの入出力ピンが100本以上になると機械的には加工が困難なため、エッチングにより作られています。この他、近年世界的に需要が大きく高まっているカラー液晶ディスプレイやビデオカメラの撮像管に使うカラーフィルターなどの精密部品も、印刷技術を応用して作られているのです。
4. バラエティに富んだ「特殊印刷」
「最後に、これまでに触れた分野に入らない 『特殊印刷』 と呼ばれるものについて簡単に触れておこうか」「グリーティングカードや雑誌などによく使われるものとして 『香り印刷』 がある。 これは、香料をマイクロカプセル化してインキに混ぜて印刷し、必要に応じて爪やコインで擦ると、カプセルが破れてさまざまな香りがただようというものだ。 花や果実などいろいろな香料で印刷することができる」
「それから、太陽や蛍光灯にあてると光を蓄え、暗いところで光る 『蛍光印刷(蓄光印刷)』 は、ステッカー、ノベルティなどで見かけるし、一度印刷した絵柄を金色、銀色等の特殊インキで隠蔽し、コインや爪などで擦り取ることにより、隠れた印刷が現れる 『スクラッチ印刷』 は、ゲーム、抽選券などに使われることが多い。 よくファストフード店などのキャンペーンで使われる抽選券などがこれだ。
あとは、温度によって (温度範囲-10℃~60℃) 色が変化する液晶をマイクロカプセル化して印刷する『液晶印刷』。 これは、紙でできた温度計や医療具、カードなどに利用されているし、アクアフィックとも呼ばれる『水出し印刷』は、印刷物の上に水を塗ると、隠されている図柄が色で現れるかくし印刷の一種で、スピード籤、かくし絵、ノベルティなどがあるね。
グリーティングカード、本・ノートの表紙、パンフレット、名刺などに使われる、印刷した図柄の上にパウダーをふりまき、加熱することによって図柄を隆起させる 『隆起印刷』。
ラベル、紙器、カップなどに利用される、温めたり冷やしたりすると、色が変わったり、消えたり、出たりするインキを使用した『感熱印刷』。昇華性の染料をインキ化した印刷物を布や不織布の上に置いて、熱を加えるとインキが昇華して布地を染めることができる 『昇華転写印刷』 は、プリント服地、手芸、教材、販促品なんかに使われているし、こりゃやっぱり話しはじめるとキリがないな」
5. ますます広がる印刷業の裾野
「A君のメモを補足するつもりで思いつくまま話したけど、少し難しかったり、反対に物足りない面もあったんじゃないかな。 もっと詳細に技術的なことを勉強するつもりがあれば、次の機会には1つか2つのテーマにしぼって話してあげよう。 そうそう『文字・書体』とメモにあるね。文字の歴史や書体の話をするとこれだけでも1日かかるほどあって、特に漢字のことは、もし興味があれば改めてするけれど、だいたい漢字の数がどのくらいあるか知ってる?
漢字のスタイル (書体) は別にして我々が通常使う漢字の字種は3,000字~4,000字くらいだそうだ。 だけども印刷会社が一般的に書籍などを印刷するために使われる漢字の字種は10,000字くらいは必要で、漢和辞典のなかには50,000字種を越えるものもあるんだよ。 そして同じ字でもさまざまなスタイル (書体) の字を使っているので、字種×書体の数は何十万字にもなり、印刷会社はそれだけの文字を用意しなければならないんだ。
なぜそんなに多くの漢字が必要かは、たとえば『国』『圀』『邦』『國』など普段はあまり意識していないけれど同じ意味なのに字が違うものが使われていることはわかるよね。 異体字とか異字体といわれているものだけれど、この『国』という漢字は異体字が10もあるそうだよ。
漢字発祥の国は中国だが、あの国はあまりにも漢字の字種が多いので、簡略化した簡体字を国の標準として整理したんだ。 ただ、あまりにも簡略化したために最近見直しをしているといわれているがね。 いずれにしても文字の話は今日はこの辺にしておこう」
こうして、A君にあらためて印刷という業務の裾野の広さを教えてくれたKさんの話は終わり、A君は 「本当にいろいろ教えていただきありがとうございました」 と丁重にお礼を述べてKさん宅を後にしました。考えてみると自分たちの身の回りには、こんなにも印刷に関連したものがあるのだとあらためて感じます。
そして、ある人が 「自分の知識や常識を唯一無二と信じていては、進歩、発展はありえない」 といっていたことを思い出し、A君はもっと勉強しようと心に決めました。
- 完 -
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