1. Kさんの自宅訪問
今日は、Kさんが休日の時間をさいて自宅でいろいろ教えてくれるという日です。 A君は先日のメモをもとに、「聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥」 と自分に言い聞かせて家を出ました。Kさんのお宅に着くと、案内されたのはゆったりした応接間です。
「よく来たね。 生活に関連する印刷を調べているとのことだったけど、仕事の忙しい中で感心だね。 僕が知っていることなら何でも教えてあげるから、あんまり緊張しないでざっくばらんにやろう」
「ありがとうございます。 私と家内で身の回りで気づいた印刷に関連することをメモしてみたのがこれなんですが」
A君は、メモをKさんに渡します。
「A君は技術部員だそうだね。 専門は何か知らないけれどよく調べてあるね。 補足するつもりで私が知っていることを話してあげよう。 でも、このメモにある全部を説明すると2日も3日もかかりそうだから、主なものにするよ」
と話し始めました。
2. 便利さで利用が広がるカード類
「まず、最近いろんな種類のものが次々生まれているカード類について話そうか。実用的に使われた最初のものとして、キャッシュカードがあるのは知っているね。 この種のカードには磁気の帯があって、そこに文字にして基本的に72字分の情報を記録してある。 この 『磁気ストライプカード』 と呼ばれるタイプは、キャッシュカードやクレジットカードの他に身分証明書などにも利用されていて、最近は磁気の部分を隠蔽印刷して見えなくしたものが多い」
「カードの裏面全体に磁性層を塗ってある、『全面磁気カード』 は、プリペイドカードとして、テレカ (テレホンカード)、オレカ(オレンジカード)、ハイカ (ハイウェイカード)、定期券など、ひところその種類もどんどん増えた。それ以外でもデパートの商品券カードや、レストラン、自動販売機、タクシー、パチンコ店、カラオケなどかなり多くの分野で利用され、現在も使われているものもあるね。特に小銭を使うことが多い分野では、数えるわずらわしさがなくなるメリットがあって、利用が広がった。
文字や絵柄を表面に自由に印刷できるから、金券機能だけでなく、広告媒体としての機能も持っていて、印刷のウエイトも高い。ただ、金額が大きくて、使用する金額が大小いろいろの分野では、残額がカードにはっきり表示されることが望ましい。だから、残額表示が印字されるものもハイカやデパートのカードで使われるようになったんだ。
3. 情報が記録される鉄道のイオカード
A君はときどきメモをとりながら、熱心にKさんの話を聞いています。 それからKさんは、自分の財布からいろいろなカードを取り出し、それを手に持ってひらひらさせながら次のような話を始めました。「セキュリティ性も高く、偽造やデータの改ざんが不可能で、しかも8,000文字~3万2,000文字の情報記憶容量を持ったICカードが現在、すでに広く実用化されていて、多機能カードとして販売・サービス (自動車保守記録、ショッピング)、医療 (医療記録)、健康管理(健康データ、トレーニングデータ)、企業(社員証、入室管理、工程管理) などに利用されている。
4. これからのICカードや光カード
「このICカードは、プラスチックカードにICを埋め込んだもので、パソコンと同じようにCPU (中央演算装置) とデータメモリがICになっている、いわば超薄型超軽量のパソコンともいえるね。「ICカードには外部からセンサーで情報を読み取る非接触型のものもあり、これを定期券にしたりして自動改札機にいちいち挿入しないでチェックするシステムが広く全国で活用されている。」
「情報記憶容量が大きく、画像の記録も可能なカードとしては 『光カード』 もある。 これはCD (コンパクトディスク) やレーザーディスクと同様の原理で、カード表面の光記録層に開けてあるデジタルデータの非常に小さい孔をレーザー光で読み取るものだ。250万文字という非常に大きい情報記憶容量を持っているこの光カードは、データの書き換えが不可能な上、外部の磁気や静電気による影響も受けず、製造コストも安いという特徴を持っている。 用途としては、電子通帳、医療関連として電子カルテ・レントゲン写真の画像情報記録、写真を記録した各種証明書などのほか、辞書・書籍・ゲームなどCD-ROMと同様の電子出版媒体としての用途もあるんだ」
5. 世界最高の技術を誇る日本の紙幣印刷
カードを財布に戻したKさんが、次に財布から取り出したのは1万円札でした。「日本の紙幣の印刷は、世界的にも最高のレベルにある。 印刷しているのは大蔵省の印刷局だが、彫刻凹版印刷という特殊な印刷方式で、色数も通常のオフセット印刷のように黄、紅、藍、墨の4色ではなく、それぞれ微妙な特色で10色を超える色数が使用されているんだ。
偽造1万円札騒動が新聞やテレビを賑わすことがあるけれど、最近のある偽造事件は人の目を欺くものでなく、自動両替機や自動販売機を欺くいわば機械の目を潜り抜けることに主眼を置いた偽造だという点がユニークだね。
現在の自動機はチェック箇所に異常があると、入れたものが手元に戻ってくるようになっているから、条件を種々変えて自動機のチェック機能を何回もテストしてみたんだろう。紙幣のサイズ、紙の厚さ、色のチェックが行われていることくらいは知っている人も多いだろうが、磁気量のチェックを行っていることまで知っていて、どの部分の印刷インキにどのくらいの磁気量が含まれていないとチェックに引っかかるかを知った上で使用されたんだからね」
というKさんの言葉に、A君は日頃疑問に思っていることをたずねてみました。
6. 自動販売機の偽造チェックシステム
「自動販売機などで紙幣をチェックするのに、センサーが使われていることは知っていますが、色を判断するのはどのようなシステムになっているんですか?」「確かに、あの中にはいろんなセンサーが入っている。 たとえば紙幣の長さ、幅の判断は、受光センサーが光線の遮断によって行っているし、紙の厚さは光の透過程度をセンサーで調べるという方式だ。
ただ、A君の質問にあった色については、さまざまなチェック方法が使われているようだ。 基本的には反射光による色波長をセンサーで調べるんだが、ある細かい部分の色の特定の波長を調べたり、センサーである限られた面積の平均測色による色波長のチェックを行うなどの方法があるらしい」
最近の偽造紙幣事件では、磁気センサーを利用してある部分のインキの磁気量をチェックしていたのに、これを潜り抜けられてしまったことが、従来の紙幣偽造と異なる問題として、自動両替機や自動販売機のメーカーを慌てさせました。
紙幣のチェック等ではチェックの許容幅が設定されています。 この幅を狭くすれば検出精度は高まりますが、そうなると紙幣は繰り返し使用され変化することから本物でも使えないものが出てくるという問題があるために、実用的にはある許容幅をもって設定されているのです。 このため人間の触感や識別なら異常を発見できるものも、機械のチェックをかいくぐる場合が出てくるわけです。 多くの偽造紙幣も、銀行に入金した時点で人の目により発見されています。
7. 紙幣印刷のさまざまな技術
「紙幣などの偽造防止には、いま言った磁性インクなどいろいろな技術が使われているが、純粋に印刷技術的な面でいうと 『細紋彫刻』 や 『透かし印刷』 などがある。 このことについて、簡単に説明しよう」といってKさんは、次のようなことを話しはじめました。 「細紋彫刻」 は、波状線・弧または円などを組み合わせた精密な幾何学模様で、紙幣や証券類の偽造を防止するために、図案の中に用います。 黒線でできている黒細紋と白線からできている白細紋があって、凸版印刷・平版印刷・凹版印刷のいずれの印刷方法でも応用できるものです。
また、本来の 「透かし」 は紙を造る抄紙の際にすき網に凹凸を作ったり、針金・薄板金を使って細工をして、紙の層に厚薄をつけることによって、透かして見たときに模様となるようにしたものですが、印刷によって類似した効果を得る方法が 「透かし印刷」 です。
「これには、多少湿した紙を雄型と雌型との間にはさんで強い圧力を加えたり、ろうや脂肪類を適当な溶剤に溶かしたインキを使って印刷する方法もある」
また、同時に、すき入れバーパターンや潜像摸様、パールインキ、マイクロ文字、特殊発光インキ、深凸版印刷、識別マーク、すき入れ、ホログラムなどの技術も採用されています。
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