別の例を紹介します。ソニーとアップルです。皆さんご存じの2社です。ソニーとアップルは、今、完全に明暗が分かれています。アップルは、そろそろ陰りが見えていますが、今のところ調子がいい。ソニーは不調です。平井さんも大変苦労されていますが、このクロスロード、道が分かれたのは今から12年前のiPodが出た時に。当時はiPod対ウォークマンでした。この時に明暗が分かれたとされています。
この経緯については、ソニー本がいっぱい出ていて、当時ソニーはあらゆる技術を持っていました。アップルが持っているものでソニーが持っていないものは一つもなかった。「あらゆる要素技術を持っていて、ウォークマンのブランドも持っていて、それがアップルにやられたということは、当時の経営陣がダメだったのだ」と、大体こういう説明です。
ただ、私に言わせれば、そういう説明をしている奴がダメです。(笑)
よく考えてください。あの時点のソニーは、既に創業から55年経っている結構古い会社です。オーナー創業経営者はもういません。従業員は20万人で、ビジネスは非常に多様化していて、かなり分権化が進んだ組織です。トップはソニー史上初めての完全なサラリーマン経営者です。出井さんという方は、新卒でソニーに入社にして社長になった人です。要するに、つい昨日まではただのサラリーマンです。
もう一つのアップルは、創業経営者だったジョブズが復帰したばかりです。はるかに若くて小さい会社です。ジョブズという人間は、絶対物事は自分の決めたようにしか決めない人間です。昔、それをやり過ぎて1回追い出されたわけです。やはりそういうものが必要ということで、彼はまた戻ってくるわけです。相変わらず同じスタイルです。彼が一人ですべてものを決めます。彼の好き嫌いでものは決まっていきます。iPodの周りを何であんな筐体にしたのか。それはジョブズが好きだからです。別に機能上あれである必要はまったくないです。ジョブズが、これがクールだと思ったから決めた。
ソニーはどうなっているか。例えばiPodと同じビジネスモデル、iPodはインターネットとの統合モデルでしょう。さあ、どこでやりますか。エレキでやりますか、それともソネットをやっているインターネットモールでやりますか。これは音楽ICだからソニーミュージックでやるのですか、それともインターネットベースのいろいろなお客様との展開性を考えたら、ソニー・コンピュータエンターテインメントの久夛良木さんのところでやるのですか。みんなやりたがりますよね。これはきっとパッと決まらないですよ。みんな一国一城の主ですから。出井さんが「右」といっても、「いつからおまえはそんなに偉くなったのだ」となってしまいます。
仮に エレキ部門でやると決まったとしましょう。では、音楽のコンテンツをどこから入れるのか。ソニー・ミュージックエンタテインメントを優先するのか、しないのか。関係なく全部平等にやるのか。これはきっともめますよ。従来、CDのビジネスモデルだった時代ですから、彼らがインターネット配信なんて、敵もいいところでしょう。絶対「ちょっと待ってくれ」になるのです。「どうせやるのだったら、最初はソニー・ミュージックエンタテインメントのコンテンツだけにしてよ」となるのですね。というようなことを決めているうちに、アップルはポンポンものが決まっていくのです。ここで勝ち負けが決まってしまうのです。
ソニーが唯一勝つことができる可能性があるとしたら、二つ。一つはアップルを買収してしまうしかなかったのです。買収してジョブズのやりたいようにやらせる。もう一つは、タイムマシーンを発明して、若い盛田さんを連れてくるんです。盛田さんが来れば、盛田さんのいうことはみんな聞きますから。
ソニーのCD、コンパクトディスクがありますね。あれはソニーが社運をかけて開発した商品です。CDの第1世代の長さはたしか74分です。これは何で74分に決まったか知っている方はいらっしゃいますか。――どうぞ。 そう「カラヤンの第九」を当時の社長だった大賀さんが1枚で聞きたかったんです。これ、ふざけていませんか(笑)。
この中で、第九のCDを持っている方はどのくらいいらっしゃいますか。―こんなものでしょう。
普通、あれを基準にしないでしょう。LPレコードの代替品ですから、LPレコードで一番売れているものを調べると思います。洋盤だったら、ビートルズの青盤が多分一番売れていたはずなのですが。そういうのではないんです。だから、ジョブズが「筐体はチタンがクールだからいい」というのと同じような決め方が昔はできたのです。それは、大賀さんまでは創業世代からです。きっと中には「このふざけた親父」と思った社員がいたはずなのです。「おまえの趣味で俺たちは作っているんじゃねえぞ」と思っている人もいたはずなのですが、創業世代の親父さんでしょう。「しようがねえな」と言うことを聞くのです。これは出井さんには無理です。
これは、ある意味では組織の背負っているイメージに近いものがあるのです。55年たってしまっているから、これは変えられないでしょう。では「古くて大きな会社がやることは悪いことか」そうとは限らないです。