そうやってビジネス的に張り切っていろいろな仕掛けをして考えてやってきたんですが、一つ大きな問題にぶち当たることになります。その大きな問題は何かというと、堺屋太一さんの『エキスペリエンツ7』という小説ですが、これを読まれたことのある方はいらっしゃいますか。
まったくいないということで、人気のない小説だったということだと思います。人気がないのもうなずけるほど中身がつまらない小説で、武田鉄矢さんも「こんなつまらない小説は読んだことがない」と言っていましたが、堺屋さんの小説はそんなに面白いものはあまりないのでしょうがないんですが。
『エキスペリエンツ7』というのは、退職した団塊世代の人たちが7人集まって落ちぶれた商店街を再生するという小説だったんです。中身としてはつまらないんですが、ある意味では非常に面白いと思ってやったんですが、これをプロの脚本家にいくら書かせても全く面白い脚本が上がってこないという非常に苦しい状況に私たちは追い込まれたわけです。
普通であれば、そこでやめてしまえばいいんですが、実は堺屋さんから借りてきた映画化権利を一部だけの予約金じゃなく、全部で700万というお金を払い込んでしまったものですから、引くに引けなくなってしまったんですね。
やるだけやろうという話になりまして、3人ほどの脚本家に頼みました。結構有名な方だったんですが、若手もいましたし、映画をやった人もいましたし、テレビの放送作家として活躍している人などにもいろいろ頼んだのですが、どうしても面白いものにならないということで、結局悩みに悩んで、これはしょうがないということで、自分たちでもう一回勉強し直そうということで、実際に地域づくりなどで活躍されている方々に取材にいき始めましたのが、4年ぐらい前のことです。当時、私もいろいろな現地に赴いて、いろんな地域づくりの現場にいきまして、面白い映画のネタを探していったわけです。
最初は映画の面白いネタを探そうというような気持ちだったんですが、そこで出会う方々の話を聞くたびに、本当にさまざまな大きな発見がありました。生き方の根幹に触れるようなものというか、そういったものがたくさんあったわけです。言ってみれば、自分がこれまで目指してきた経済的な成功であるというか、経済的な効率性であるとか、そういったある種のグローバリズム的な物の考え方、グローバリズムを最大化しようみたいな、そういったことからすると切り捨ててきたような部分、あるいは、自分としてはこれまで価値を認めなかったような方々と会う機会があって、非常に感銘を受けることになったわけです。
そういった方々に話を伺う中で「初めて自分たちが何のためにこの映画をやっているのか」ということが見えてきたという部分が多々あったわけです。 そういうことで、その中でいろいろな方が来てくれ、木村さんであったり、清水義晴さんだったり、ということがあるわけです。私たちの心の変化や出会いと語り合いを、全国各地やアメリカにも行きインタビューし、200人以上の方々に会いました。それを皆さんにごらんいただきたいと思います。10分くらいです。 |
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映画に出る方々にインタビューをするという中で、映画の中のシナリオの捉え方というようなことではなくて、やはり企画側である私たちの心が非常に動かされる部分が多々そこにあったわけです。
振り返ってみると、ちょうどこの映画をつくり始めたのが2005年なので、10年ぐらい弁護士としてやってきて、私と一緒にプロジェクトをやっているものの中には成功者がたくさん出ていまして、100億円以上の個人資産をつくったのが7名くらいいたんで |
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すね。自分はそんなことになるとは誰でも思っていないんでしょうが、それは共通点があるということに気づいてしまったわけです。
そういった中には、グッドウィルの折口さんとか、村上ファンドの村上さんなんていう人もいましたが、その他の人も含めて、共通点は、100億円以上の大金持ちになると、皆さん不幸になっていたということなんですね。
世の中に転げ落ちる人もいれば、一番傷の浅い人で離婚ですね。離婚は資産を築くとまず逃れない。タイガー・ウッズも何とかと離婚しましたけれども、100億円ぐらい取られています。大体お金持ちの皆さん、不幸になるんですね。ホリエモンなんていうのは「お金で人の心は買える」と言っていたんですが、今のインタビューに出てきたような方々に対して、話を聞いてどう思うのかと思うんですね。
確かに金は大事だと思いましたし、社会を動かすのはお金なんだと、お金の物差しでずっと私もものを見てきたんですが、恐らく一通り仕事が終わって、いろいろ人生を見る中で、この"昇っていく人生"の先にはどうも幸福はなさそうだということに、人の人生を見て気づきかけてきた。そこで この映画をつくり始めなければいけないというふうに気づいていたんだと、今、振り返ると思うわけです。
日本は無宗教の国だとよくいわれますが、私はこの映画をつくって、200人ほどの話を聞き、さらにその勢いで私は、この映画をつくるために、300冊ぐらい法律以外の宗教、文化人類学、町づくり、福祉、農業、ありとあらゆる本をむさぼるように読んだわけです。
そういった中で、戦後の日本というのは実は"無宗教"ではなくて、"右肩上がりの経済成長神話"だったという証跡をみて、まさにそのとおりだった。必ず未来は便利になる。必ず豊かになると。確かに私が子どものころ、昭和50年代とか60年代、そしてバブルのころというのは、未来に対して暗いものを描いていた人は全く日本にいませんでした。
しかし、バブルが崩壊して、そのあとITバブルが起きては崩壊し、そして不動産リードのバブルが出てきては崩壊し、そういったことを繰り返して、今、何もなくなってきた中で今の若い人たちを見ていると、"一体何のために生きてきたのか"との疑問があるわけです。それは当然のことなんだなとすごく思うんですね。
確かに今の若い人たちは、便利になったし物も豊かになっているんですが、それは当たり前のことなので、そこに命の躍動感は何もないわけです。
私も、いわゆる勝ち組という方々について仕事をしてきた中で、勝ち組になった先には、勝ち組になったらもう落ちていくしかないんだと、すごく思ったわけです。
そのときインタビューした清水義晴さんという方が書かれた『変革は弱いところ、小さいところ、遠いところから』という本を読みまして、その前書きの中の「昇っていくのではない、降りていく生き方というものがあるんだ」という一文を読んだときに、私は本当にハッとしました。そのときに、自分が細い一本道を昇っていく、そこで必死になっていくという自分の姿が初めて見えたんですね。
それで「森田さん、あなたも勝ち組の人なんじゃないの?」とか、いろいろ言われたりするんですが、自分としては考えたことは全くなかったんですが、それに対して、そのレールから"降りてゆく"ということが、ある種、負けていくようなイメージだったんですが、その"降りてゆく"ということの豊かさのイメージが一気に広がったんですね。
要するに一本道を行くのではなくて、降りていくと広々とした大地があって、そこで自由にできるじゃないか。そういったことを考えたときに、新自由主義であるとか、あるいはレバレッジをかけてどうこうとか、「winners take all」みたいな、そういう考え方がいかに恥ずかしい考え方かとすごく思ったんですね。子どもに言えない考え方だと思うんですよ。
今、振り返ると、堀江君が「お金で人の心は買える」と言っていました。村上さんは「何でお金儲けをしてはいけないんですか」と言っていましたが、あれはものすごく恥ずかしいことだったと思うし、あれだから彼らは女にモテなかったのかな、と。ああいう人間はモテないですよ、格好悪いですから。
今、改めて映像を見ていたんですが、私が会ってきた方々の話というのは、やはり心を揺さぶるんですよね。「お金を儲けるのは素晴らしいんだ」「心が買える」という人間には間違ってもなってほしくないわけです。そういう人間をああいうふうに押し上げてしまったものは一体何だったんだろうということを私はすごく感じたわけです。 そういった中でリーマン・ショックも終わって、そのためにグローバリズムもはじけてくるわけですが、じゃ、その"右肩上がりの経済成長神話"が終わったそのあとに来るものは何なんだろう、こういう疑問が当然来るわけです。
でも、私はこのシナリオをみんなでつくっていた一つの出会いは、すごく楽しくて興奮しながらつくったんです。やっぱり自分自身、我々が、あるいは次の世代がどうやって生きていくべきか、という道を必死で探し求めていく一つの旅のようなものだったと、今、振り返ると思うわけです。 映画のシナリオをつくって映画を完成させてビジネスをしていこうと思っていたのですが、気づいてみれば、映画によって導かれながら、私のみならず、プロデューサー、監督、そして参加した一同が変化しながらつくっていったのが、この映画だったと強く思うわけです。そうやって映画が出来上がるわけです。 |
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