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  「平成26年新春講演会」講演録 (平成26年1月23日)
今という時代と経営者の使命
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       講師 経営共創基盤(IGPI)代表取締役CEO 冨山 和彦 氏

最後はお客様視点なのです。お客様が何で自分たちを選んでくれているのか、どこにカネを払っているのかということです。車にはパワーウインドウがありますね。パワーウインドウの善し悪しで皆さんは車を選んでいますか? 選んでいないですね。だったら、パワーウインドウの部品なんて一番標準の、一番練れているものを買ってきてくっつければいいのです。ところが、得てして日本の製造現場は真面目なので、新しい車種を作ると必ずそれ専用のパワーウインドウまで設計して作り込んでしまうのです。皆さんのところでもそういうことが起きているかもしれません。この新しい車種のコンセプト、新しい車種のいろいろな形状に合わせて一番いいものを作ろうとするのです。だから、それ専用の部品まで設計してしまうわけです。これは、お客さんから見たら、正直、関係ないのです。  
せっかく「ものづくりの力」があるのだったら、それはお客さんが「カネを払ってくれるところ」、お客さんが「自分たちを選んでくれるところ」に集中すべきなのです。残念ながら現場のなりゆきに任せたら、恐らくみんな作り込んでしまいます。これは悪意ではなくて、善意でやってしまいます。少しでも「良いものを作りたい」、少しでも「スムーズなものを作りたい」、前よりも「良いものにしたい」という思いを日本の現場は持っています。これが日本の製造業の底力なのですが、それによって「カネがとれなかったらビジネスとしては意味がない」のです。 それを判断するのは皆さん経営者自身です。その小さな積み重ねが事業レベルでの新陳代謝です。ただ今申し上げたような機能や商品のレベルでの新陳代謝を「きちんと」やれていれば、恐らく事業レベルの新陳代謝はしなくてもいいはずです。そういったことを無駄に見直すということは、ボトムアップだけではできないので、是非そういったことを一生懸命やっていただけるとうれしいです。  
そろそろ終わりにしますが、今日はいろいろ申し述べましたが、経営というのは、とにかくやっていることはそれほど難しい数学をやっているわけではないのです。「売上げ」と「コスト」と「利益」です。小学校で習う算数です。一次関数です。しかしながら、「売上げ」も「コスト」も人間に関わります。人間に関わる部分が難しいのです。人間の思いは移ろいます。それぞれのいろいろな思いや価値観。先ほど申し上げたように、大体悪意ではないのです。みんな善意で一生懸命やろうとしているのです。これが得てして、あれかこれかという判断が問われる状況では、組織全体としてうまく噛み合わないので、経営の判断を難しくします。経済的な合理、お客様の情理、サプライヤーの情理、これが噛み合わないときに経営は厳しくなります。イノベーションが起きる時には、凄くそれが噛み合いにくくなるのです。  
それをどう噛み合わすか。これはリーダーの仕事で折り合いをつけるしかない。あまり 美しい答えはないです。日本の組織は、現場力を軽視して、単純にトップダウンだけで意思決定だけでうまく回ることはあり得なく、「ボトムアップの力」と「トップダウンの力」を上手に噛み合わせて歯車を回していかなければいけない。  
結論からいうと経営者は「逃げるな」としかいいようがないのです。 「合理」に傾いて「合理」に寄ってしまえば、多分みんなから「総スカン」を食らうわけです。人望がなくなってしまいます。ですから、一生懸命やっても、ふと振り返ったら誰もついてこないということが起きます。逆に情に流されてしまうと、結局何も決められないということが起きます。現場の成り行き任せになってしまいます。この「合理」と「情理」の狭間にどこまで頑張って立っていられるかというのが、今日的な経営者の一番大事な資質だと私は思っています。  
繰り返し申し上げますが、今日は比較的中堅企業の方が多いと伺っておりますので、中堅企業にとってはトップの役割は大きいです。その大きい役割をより大きく背負い込もうという覚悟がないと、これからの時代はちょっとしんどいです。ちょっともう無理と思ったら、真面目な話、事業譲渡を考えた方がいいです。無理して息子さんとか、お嬢さんに継がせると世代的悲劇が起きますので、悪いことはいいません。そういうことを考えた方がいいです。  
自分の子どもを含めて思うのですが、リーダーの仕事というのは誰にでもお勧めできる仕事ではございません。日本の経営者はアメリカと違ってメチャメチャ金持ちになるわけでもないのですから、そこまで経済的リワードもないです。ただ、やはり遣り甲斐のある仕事であることは間違いないのです。その狭間に立っていろいろな矛盾を自分で背負い込みながら、何とかいい経営をすることによって、最大の経営者の特典というのは「いろいろな人から感謝される」ことです。それは従業員かも、お客さんかも、取引先かもしれませんが、いろいろな人の人生をより良いものにできます。私自身もそういうことは何度も経験しております。もちろん恨まれることも多いのです。ですから、そういった関係を結べた人々をどれだけ多く持てるかというのが、私は経営の一つの果実、一番大事な果実だと思っています。  
ちょっと脱線しますが、昭和54年、私は東大に入学しました。昭和54年の東大入学というのは2人逮捕者を出しました。2人捕まっているのは珍しい年で、それも同じクラスです。同じ16組というところから2人捕まっていました。1人は村上君、もう1人は植草君という人が捕まっています(笑)。村上君は、ご存じのように、彼はお金が大好きというか、日本人はもっとシンプルにお金のために働いた方が幸せになれると彼は堅く信じていたように思います。彼はそういう世界観ですね。ただ、私はちょっと世界観が違い、そうでなかったら年収が何分の一にしかならない再生機構の仕事を引き受けていません。  
私が期待する経営者像というのは、お金は必要条件としてはとても大事ですが、経営者がいい経営をして得られる最大の報酬は「人と人とのつながり」です。これは間違いなくそうです。多分、死ぬ瞬間に思うのはそれだと思います。だって、お金はあの世には持っていけないですから。そういった思いを持って、皆さんも経営に励んでもらえたらと思います。 講師の冨山和彦氏は最期に今後の日本を背負って立つ世代に受け継がねばならない使命について語って講演を閉じられました。  
最後に、ちょっと悲しいお話をさせていただくと、私の父親の同僚の山崎康久さんという方がいらっしゃいました。トッパン・ムーアシステムズ社長をつとめられた方ですが、昨日(1月22日)亡くなりました。業界の大先輩で85歳でした。  
なぜその話をするかというと、私は山崎さんには大変いろいろな意味で、若い時から指導してもらいました。父親もある意味では経営者だったので経営の師匠でありましたが、山崎さんもまた私の師匠の一人でした。今から考えたら、若造の私に随分時間を使ってくれて、いろいろ叱咤激励をしてくれたわけであります。  
最後に申し上げたかったのは「人は人にしか創れません。人間を創るのは人間しか創れない」のです。これから私たち自身も鍛錬をしていかなければいけないということでありますが、こういった経営者は大事だということ、これは今後もずっとそうなのですが、特に日本は「人材しか資源がない国」であります。ですから、この業界が、あるいは日本国全体が今後も豊かに反映していけるかどうかというのは、とりわけ「リーダー人材を再生産し、厚みを持っていくということが大事」であります。もしこの20年間、日本が低迷したとすると、それは「リーダー層を担うべき人材が薄くなってきたこと」が私は非常に大きな原因だと思っています。  
ですから、そういった意味合いで、私自身が、父親あるいは山崎さんといった大先輩に育てられたことは否定できない事実でありまして、私自身も山崎さんの訃報に接して、改めて私が山崎さんたちに受けたようないろいろな薫陶や叱咤激励を、もっと若い世代、自分の後輩や子どもたちに授けていかないといけないと思った。我々が良ければいいというものではなく、これは世代から世代へと継いでいくものであります。説教たらしいことをいうと若者は逃げていくのですが、私も父親のことを煙たいと思ったり、山崎さんのことを煙たいと思ったことも正直いってあるのですが、後から考えると、あの時に言われた大事さというのがわかってくるのです。それが後で生きてまいります。ですから、若い人たちを鍛えるために、煙たがられることを嫌がらないで、うざがられることを嫌がらないで、もっともっと時間を使わなければいけないなと改めて今日思った次第で、最後それを皆さんにお願いして私の話は終わりにしたいと思います。  
長い時間ご清聴ありがとうございました。(拍手)
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