くらしと印刷 「家の中も印刷でいっぱい」
「家の中も印刷でいっぱい」
1. 台所や居間の印刷
「ただいま」と帰宅の声を掛けるとB子さんが、
「お帰りなさい。あなたの宿題、大変だったわよ。印刷に関連したものが、こんなにあるなんて思わなかったわ」とメモを5~6枚ヒラヒラさせながら奥から出てきます。
部屋へ入って着替えながら、
「本当に僕たちのまわりは印刷に関連していないものを探すほうが大変なくらいだね。後でゆっくり聞かせてもらおう」
「本当、台所や居間は印刷のかたまりみたいな感じなんだから」
とB子さん。
「お風呂にしたら? お食事の用意に、もうちょっとかかるからその間に‥‥‥」
と声をかけられて、風呂に入り、湯船につかって何となく印刷関連、印刷関連‥‥‥と見回しながら、この浴槽もきれいな花柄模様が「銅板印刷」されていることに気づきました。
お風呂の中で読める本のあったことも思い出して、耐水性のある用紙に印刷した子供の絵本など、入浴での親子のスキンシップにも大いに役立つなと思いつつ、<僕の好きな推理小説などは風呂の中で読めるものは無いな‥‥‥もっとも、面白すぎると長湯になって、のぼせてしまって健康に悪いかな>などと考えながら風呂から出ます。
さて、風呂上がりに冷えたビールを一杯‥と冷蔵庫を開けてビールを1本取り出し、この冷蔵庫も鋼板印刷が利用されていることに気づきました。ダイニングテーブルにビールを置き、鞄から例のメモを取ってきて「鋼板印刷」とメモします。
「おつまみ何かある?」
とキッチンのB子さんに声をかけると、
「あらごめんなさい、何にも用意してないわ。そこの戸棚にスナック菓子が入っているはずだから、ポテトチップくらいで勘弁してね。すぐおかずができるから」
と料理をしながら背中越しに返事をしています。
2. 牛乳・乳飲料は90%近くまで紙容器
それから、冷えたビールをコップに注いで一気に飲み干し、2杯目を注ぐためにビール瓶を持って、ふと最近の飲料容器に瓶や缶以外の紙容器の製品が多くなっているという記事を読んだことを思い出しました。
その記事には、いろいろな飲料容器の動向が記されていました。特に牛乳・乳飲料の容器はそのほとんどが紙容器になっていて、昔のように朝早く、自転車の荷台に積んだ牛乳瓶をガチャガチャと音をさせながら、配達していた光景がほとんど見られなくなったことや、日本酒も30年前には全く見かけなかった紙容器が増え、そのうちに1升瓶が珍しくなるかも知れないこと。そうなるとテレビや映画の大酒飲みの演出で1升瓶を片手に下げて‥‥ というシーンもなくなる? と面白く容器の変遷が書かれていました。
その他、ジュースやスープなども紙容器のものが増えていて、すべての飲料容器の4割にもなっている理由は、瓶のように破損の心配がないことや、容器の軽量化、輸送の際に効率良く積めるなどいろいろあるからだとも記述されていました。
3. 包装印刷と過剰包装問題
B子さんが、お刺身と天ぷらをメインに、箸休めのきんぴらごぽう、豆とひじきの煮物、そしてお吸い物をテーブルに並べます。
A君は刺身にワサビをつけようと、チューブから少し絞り出して、
「あ、これも印刷関連製品だった。今気がついたけど、包装に関連する印刷は紙やフィルムの包装容器が増えているからすごく身の回りに多いね」
「そうよ、あなたの宿題のこのメモも、包装関連が圧倒的に多いのよ」
と言いながらB子さんも椅子に座ります。
食事をはじめながら、
「うちの会社でも箱や包装紙など包装に関連する印刷をやってるけど、包装関係のいわゆるパッケージ類と印刷は関連が深いから、身の回りにも一杯あって、数え切れないほどだね。一般的な包装の社会的な問題として、包装の適正化が新聞やテレビでも取り上げられているのを見るんだが、なかなか難しい問題もあるんだよね」
とA君は話し始めました。
A君の会社は社内にデザイン企画セクションを持っており、包装に関連する問題は社内でも何度か話題にのぼってよく知っていたからです。パッケージデザインの分野は、社会環境の変化やその商品に求められる機能性、視覚表現デザインの動向、そして販売促進効果などにより日々変わっていきますから、その点でも過剰包装問題はA君の会社にとって大きなテーマでした。
「まず、君もよく知っている過剰包装や過大包装の問題がある。包装の費用が中身の商品の価格に比べて大きすぎるものや包装容器に中身以外の空間が大きすぎるもの、必要以上に大きな包装、そして贅沢な包装や捨てるときに困るようなもの、さらには必要ないのに包装してあるものなどが問題になっているわけだ。
バブル時代には、販売競争の激しさも加わって、必要以上に包装を華美にしたり、見せかけの過大包装による商品の販売がかなり見受けられて、君も何回か『これ、いんちきだわ! 中身がこんなに少ないのにこんなに上げ底になっている上につめものばっかり。写真も実物と違って誇大だし‥‥‥』なんて言ってたじゃないか。結果的に買う人が誤認したり、不必要なものまで買わされていたことになるね。
適正な包装とは、日本の工業規格のJISでも決められているけれど、『合理的でかつ公正な包装。輸送包装では、流通過程での振動、衝撃、圧縮、水、温度差などによって物品の価値、状態の低下を来さないような流通の実態に即応した包装をいう。消費者包装では、過大過剰包装、ごまかし包装などを是正し、同時に欠陥包装を排除するため、保護性、安全性、単位、表示、容積、包装費、廃棄物処理性などについても適切である包装』となっていて、簡単にいえば適正包装のポイントは、まず、包装の本来的な目的に合わないもの、社会環境や生活環境などから考えて適切でないものは使わないことだし、包装を設計するときには、使用する資源の適量化を考えて、必要以上のムダな包材や工程をなくすように工夫すること。その上で、保護性や安全性など必要な機能は確実に満足されるようにして、欠陥包装をなくすということになるね」
と言うとこんどは、B子さんがかつて勤めていたときの思い出話をはじめました。
4. 日本の包む文化
「僕も直接関係はしなかったけど、覚えてるよ。少し前にデザイン企画の仕事が多くなったので、デザイン室ができて、技術部のコンピュータも移管したんだけど、そういえばあの時君はすごくがんばってたね」
「あら、そんな言い方されると今は遊んでるみたいに聞こえるわ」
と反撃されたA君、あわてて話題をもとに戻します。
「冗談はともかくとして、包装に対する考え方が日本と外国ではすごく差があると言われているんだ。日本では包装がきれいかどうかで、その商品の売れ行きに大きな影響があるみたいだけど、外国では包装の印刷がきれいかどうかはあまり気にしないそうだ。
外国人は日本の包装について、中身の商品を買うのであって、包装を買うわけではないのに、あれほどコストをかけるのはおかしいという感覚があるらしい。日本人は総じて美的感覚を重視しているせいもあると思うし、ものを包むということを外国より好むというような文化的な違いもあるんだろうな。そんなことが、日本の包装印刷を発展させて来たとも言えるのかもしれないね」
確かに日本には、風呂敷や茶道のふくさなど優美な「包む」文化が伝統的に息づいています。A君はつづけて、
「煙草の箱もデザインを含めて包装が売れ行きに大きな影響があって、非常に重視されてるよ。包装と印刷の関係が日本と外国で違う点として、包装印刷を手掛けるメーカーが異なることもあるね。日本では印刷業界が先導的に取り組んできたのに対して、外国の場合には、素材として使用する紙やアルミの需要を増やすことを狙って、包装材のメーカーが包装印刷を行っていることが多いんだ。これも結果的に、印刷そのものの差につながっている面もあるのかもしれない」
「本当に包装と印刷は深い関係にあるわね、でもそれ以外にも一杯あるわよ」
とA子さんがメモを出しかけるので、
「とにかく、ご飯をすませてからにしよう」
と牽制して、少し冷たくなった海老の天麩羅に手をのばし、夕食を済ませました。
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本章は1997年に発刊された「ぷりんとぴあ: ちらし広告と印刷」を修正・加筆したものです。
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