(社)日本印刷産業連合会平成12年度調査研究報告

印刷工程における電子送稿及び

デジタル情報の標準化調査研究の概要(前編)

調査研究の背景と目的

 近年の情報のデジタル化、通信ネットワークの進展により、印刷工程はネットワークを活用して、より効率的、迅速的なワークフローにシフトしてきており、特に、印刷関連需要の多品種・小ロット、短納期の傾向が強まる中、作業ロス、工程ロス、時間ロスなどの削減を図る上からもネットワークの利用が今後益々重要になりつつある。
 このような中、印刷工程の統合化が急速に進むとともに、出版社、商品メーカーなどのクライアントや制作関連会社と印刷会社との間で専用回線を結び、校正データなどの文字画像データのやり取りを行う電子送稿が進展しつつある。また、被印刷材、インキなどの材料情報についてもデジタル化が進展しており、これらデジタル情報の活用により効率化・高度化を図るため、技術情報や熟練者の知識及び知恵の蓄積、データ互換などによる生産工程、生産状況の管理や情報交換が求められている。
 しかしながら、ネットワークを介した電子送稿については、印刷進行管理システム等の技術・運用に加え、カラー、フォーマット、フォントなどの標準化が図られておらず、その互換性に関しても多くの課題を抱えており、また、印刷工程に係る印刷産業機械、関連機器、インキ、被印刷材などの作業工程で必要な情報のデジタル化についても標準化が図られておらず、その記述項目等に関する標準化が課題となっている。
 そのため、これらの電子送稿やデジタル情報について、印刷工程のワークフローを踏まえつつ、実態の把握、品質・進行管理等の技術課題及び標準化課題の抽出を行い、互換性の確保並びに標準化へ向けての提言を行うことにより、印刷産業の先端技術の推進を図ることを目的とする。

調査研究結果の概要

1.印刷工程における電子送稿に関する調査研究

1)印刷物制作における電子送稿の概念の概要

 電子送稿に対する一般的な概念は明確になっているわけではない。ここでは電子送稿される内容は、印刷物のコンテンツに関わるデータと、受発注や制作進行するために必要な情報の両方を指すものとした。そして、これらの情報をデジタルデータ化して、オンラインメディアやオフラインメディアでやり取りすることが電子送稿である。
 電子送稿に関わる対象者の主体は、印刷発注者/広告会社/製版会社/印刷会社/出版社といった、印刷コンテンツならびにメディア制作の役割を担う企業側である。さらに製造プロセスのハードやソフトを提供するメーカーやベンダー、やり取りされる情報の標準ルールを策定している公的/私的な団体も電子送稿に直接関わる対象であるとした。そして最終的に印刷物を受け取るのは生活者である。

2)電子送稿における課題と提言の概要

(1)全般

@全般の課題

 電子送稿の課題は、原稿や、校正などの制作物データのデジタル化はある程度進んできたが、仕様など製造に関する管理情報や、印刷物の品質情報などのデジタル化はほとんど進んでいないことにある。分散作業環境における制作ツールや作業方法の不統一による品質面でのトラブル、修正作業時の煩雑なデータの内容確認作業が日常化しており、課題の共通要素は「標準がない」ことに起因している。アンケートやヒアリングから得られた課題は次の9項目である。

電子送稿へのネットワーク利用
色再現(特に色についての品質管理)
ツール(アプリケーション)の選択
制作手順
相手の技術力
付加情報(入稿する部品データなどへの属性情報)
協調と競争の区分けに対する認識
標準ツールの策定と整備
顧客側業界が電子送稿ルール作りで先行

 現状は原稿の入稿や校正の受取りなどに際して製版/印刷会社の営業員などが顧客から印刷物の品質要求や仕上がり仕様を直接確認することが日常的である。たとえば原稿や校正が通信ネットワークによって電子送稿されていても、そこには発注側と製版側で印刷物の制作手順に関する綿密な個別ルールが既に存在している場合がほとんどである。電子送稿を「いつでも、どこでも利用できる」ところまで普及させるためには「印刷物の制作にかかわる生産情報の交換」についての業界ルール作りや、電子送稿における生産管理情報のオープンなデジタル化ルールを、さまざまなベンダーの印刷制作用生産システムに実装するまでの課題がある。
 また、アンケート結果からは、ネット上の受発注ルール、ジョブチケットのフォーマット、データへの付加コメントなどについて、「印刷・製版業者は独自専用化」された形式を採用しようという指向が強い。これに対して逆に「広告会社や出版社はオープン化」指向が強い。顧客側である広告会社や出版社に対して、製版・印刷会社の指向は時代に逆行しているようにも見える点が課題である。
 また、色品質については、電子送稿の環境下でデジタルプルーフを品質保証するための技術整備と、業界横断的な標準色作りなどが大きな問題となっている。

A全般への提言

 今後、系列外企業同士間のデータ共有化によるコラボレーションが各工程でも必要になってくるので、特定のシステムを利用する電子送稿は通用しなくなる。電子送稿に関わる印刷発注者/広告会社/製版会社/印刷会社/出版社といった、印刷コンテンツならびにメディア制作の役割りを担う企業側は、企業の枠をこえて受注から納品配送まで一貫化できるような電子送稿対応のシステム化を行う必要がある。
 さらに製造プロセスのハードやソフトを提供するメーカーやベンダー、電子送稿にかかわる標準ルール化を策定している公的/私的な団体にも、スムーズな電子送稿が実現できる技術開発やルール作りをお願いしたい。

(2)電子送稿へのネットワーク利用の課題と提言

@課題

 電子送稿へのネットワーク利用の共通課題は、アンケートからは速度と高コストの問題、印刷会社/製版会社からは相手により方式やフォーマットが異なり運用が大変、また相手側に充分なネットワーク環境がないという現実的な課題が多かった。出版社/広告会社では社内の運用環境、人材強化、負担の少ない運用性、社内や相手とのルール化とその遅れなどが課題となっている。特に雑誌広告では複数の業者が電子送稿の対象となり、その間のルール化が一番課題とされている。

A提言

 速度やコストの課題は技術の進歩から、解決は時間の問題である。このような中では、データとそれに付随する情報をどのように一体化して送るのか、また色の確認はどのように行うのかなど、情報の管理や、品質の確認方法など運用のルール化が大切になる。これらを分類すると大きくは2つになる。ひとつは社内整備であり、もうひとつは業界横断的なルール化になる。

(3)デジタル制作環境の標準ルール化

@課題

 電子送稿を行うための原稿制作から製版出力に至る分散作業体制のなかで、基本的なデジタル環境の条件が揃っていないという課題がある。DTP作業で使用されるフォント情報、使用アプリケーション、バージョン、画像情報などが明記されていないことが課題である。原稿データの制作手順や設定内容が印刷品質を考慮したものにすることなども含めて、制作側へ技術情報の啓蒙や教育という課題がある。さらにDTPソフトウェアはメーカーサポートが打ち切られているにも関わらず、同じソフトの後継バージョンの不備などの問題で旧バージョンが使い続けられることもあるので、プロフェッショナル用途のソフト販売やサポートに対するメーカーへの課題もある。

A提言

 製作会社から印刷会社にデジタルデータで送付される場合のほとんどはDTPアプリケーションに依存したデータフォーマットである。(Illustrator EPSQuark Xpressなど)。これらのデータフォーマットは訂正対応といった融通性には富んでいる一方で、出力エラーの可能性や不確定さをも同時に持っている。そのため確実性を持ったデジタルデータ交換フォーマットがいくつか提案されてきている。現段階で、そのようなデータフォーマットに最も近いものが、PDF/X-1と考えられていたが、ISODIS投票で否決され、国際規格化は見送られた。
 ただし、出版/印刷業界でこのようなデータフォーマットの必要性は明らかなので、今後も規格化の努力は続けていくべきである。また、印刷業務の自動化やCIM化のための規格はほぼCIP4JDFで統一されていくと考えられる。まずは各プリプロセス/印刷機器メーカーの対応に期待したいが、印刷会社側でも社内の生産管理システムの整備が必要となってくることも忘れてはならない。一方、日本を中心にAMPACの議論が進められているが、これはJDFと対立するものではない。AMPACの利用としてデジタルデータとしてのノウハウの蓄積が示されるように、JDFの固定的な作業指示ノウハウを生かした作業指示として運用することも可能となる。両者の利点を組み合わせることも今後検討する必要がある。

(4)色再現

@課題

 納期短縮の課題解消に向けてネットワークやカラー出力機の能力を生かすためには、印刷物の品質基準、特に普及している業界標準の色基準が必要である。印刷発注側/製作側/印刷側までに広く認知された色の基準がないために、最終印刷物の品質保証書になるべき色校正刷りやカラープルーフ出力が得られにくい。
 雑誌広告では印刷作業を担当する企業ではないところで色分解/色調整が行なわれていることが多く、印刷会社が色校正を保証できない原因にもなっている。しかも「デジタルプルーフを使用する顧客とのコンセンサス」作りは、ほとんどされていない。特に雑誌広告では、一ヶ所で色分解された印刷データ(CTP出力データなど)を、複数の印刷会社で分散印刷するような「N:Nの関係における色の一致」という問題や、複数の製版所で色分解された広告ページを面付けして、同時に印刷するときの色の課題がある。これらは業界の意識改革が根本にあるが、業界ルールの不揃、カラーマネージメント技術の未成熟、さらにカラー出力装置(モニター/プリンタ/印刷機)の問題など、多くの条件がからんだ大きな課題である。

A提言

 カラープリンタやネットワークを活用して、デザインや印刷発注者がデータで受け取った校正データをスムーズに出力して色校正ができるようにするためには、米国のSWOPに見られるように色の確認を行なう全ての関係者が納得できるような業界横断的な標準印刷色などの基準と運用ルールが欲しい。
 また、印刷物の種類、品目、目的によって仕上り品質のクラス分けのコストパフォーマンスについての考え方をしっかり持ってもらわなければならない。
 デジタルプルーフの導入のステップは、カラーマネージメント技術を導入して、最終的には用紙別の印刷(本機)のカラープロファイルを作成し、カラープリンタ、カラーモニタとの間で色の見えを揃えることである。また、色を見るための視環境を整備するために、印刷色評価用の照明を取り入れることも忘れてはいけない。
 また、機器ベンダーは、ICCプロファイルとCMMによるカラーマネージメントツールをもっと高精度でさらに使い易くする努力や、印刷機メーカーも印刷品質がより安定した、カラーマネージメントに容易に対応できる機械への開発の努力が必要である。

(5)業界横断的な動きに対する課題と提言

@課題

 顧客側の動きをみると、新聞社や雑誌出版社は広告出稿主から求められた納期の大幅な短縮に対応するために、実証実験を実施したり事業会社を立ちあげたり、広告会社でも媒体管理から制作管理まで行なう事業を開始するなどの具体的な動きを先行させている。逆に印刷側が遅れている課題がある。

A提言

 印刷業界においても印刷側からの共通ルール提案などの情報発信を今後はさらに強化していく必要がある。そのためには、もっと関係団体の連携を強めて、業界横断的な共通互換性のあるデジタルデータの交換ルールを整備して、印刷産業のeビジネス化がスムーズに離陸できる基盤を整備することが必要である。

(次号へつづく)

 

 

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