関東フォーム印刷工業会・講演会抄録
|
|
|
小泉内閣が誕生して、内閣支持率は非常に高い。参議院選挙でも自民党は圧勝したわけですが、株価のほうは、この参議院選の期間中からバブル崩壊後の最安値を記録しています。選挙が終わってもバブル崩壊後の最安値を記録しています。つまり、小泉内閣の支持率は高いが、マーケットは小泉内閣にある意味では不信任案を突きつけているみたいなものです。小泉さんの最大の野党は、民主党でもなければ、マスコミでもなければ、中国や韓国でもなくて、株式市場だという言い方ができるのではないかと思います。
今年の春くらいのときには「ホールインワン景気」といわれたのです。なぜかというと、パッとしないという意味です。しかし、現在はどうかといったら、パッとしないどころではない(笑)。もっと深刻で危機的なものになっていると思います。ホールインワン景気的な表現でいうならば、「沢田正二郎景気」という。「心は新国劇」というところだと思うのです(笑)。冗談はともかくとして、こういう危機的な局面はどう考えたらいいかということだと思います。
私が経済部長をしていたとき、1989年(平成元年)12月、大納会で株価は3万8,900円をつけまして、市場最高値といわれました。翌年になれば4万円相場がきっと日本でも初めて登場するだろうというような予想でしたが、蓋をあけてみたら、翌年からバブルがはじけてだんだん下がっていったわけです。
兜町では、古くから、「半値八掛け二割引き」という言葉があります。モノの値段は、そのときの最高値からだんだん落ちていくときに、半値八掛け二割引きのところまで落ちれば反転するということです。100円を最高値とすると、そこからまず半値、50円のところまで落ちる。その50円の8掛けで40円まで落ちる。さらに2割引きで32円まで落ちる。つまり、32%のところまでモノの値段が最高値から下落すれば、一応そこに反転するものが働くというのが古い兜町のなかでいわれた言葉の一つです。
その線でいきますと、89年の最高値の3万8,900円は半値八掛け二割引きというと、だいたい1万2,500円になります。一時期、その台まできたことがありますが、今は1万1,000円台。ひょっとしたら、その1万1,000円を割るかもしれないというような状況ですから、もう今は「半値八掛け二割引き」の昔の言い伝えもきかないところに来ているのではないかということです。
また別の表現でいいますと、バブルがはじけた直後「七五三」という言葉がいわれました。それは「株価は三年、土地は五年、金融は七年」で、もとの水準にはいかないまでも復調軌道に乗るだろうという見方です。しかし、実態はどうかといったら、バブルがはじけて10年たっても七五三どころではないわけです。専門的なエコノミストの方々がみんな予測したことが外れているというか、当てにならないわけです。
なぜ予測が当たらないかというと、エコノミストの方々が勉強不足ということではなく、ひと言でいうならば、日本経済の体質、構造が変わっているのではないかと思うのです。たとえば株式市場のお客さまは45%が外国人です。あるいは外国人投資家です。つまり、日本人の思惑だけでは株価が上がり下がりしない。むしろ外国人が、ソニー、トヨタ、ホンダといったような日本ブランドではなく、グローバルブランドの株を買ったり売ったりしているわけです。それだけ日本経済が世界経済のなかに組み込まれてきている。特にアメリカ経済のなかに組み込まれてきているという証拠だと思います。
アメリカの経済通信社でブルームバーグという会社があります。これはAPとかUPIなどの通信社と同じように経済情報だけ流す通信社です。東京にも丸の内側の東京海上の本社の近くに総局があります。数年前、そこのブルームバーグの東京支社長から、「日本の兜クラブの正式会員になりたい」という申し入れがありました。それまではオブザーバー会員だったわけです。
なぜ正式会員になりたいのか。兜クラブというのは証券取引所の8階にあります。3月、9月の決算発表期になりますと、たくさんの上場会社がおいでになって、決算の資料を各新聞社、通信社の棚に入れていくのです。そういう部屋がありまして、共同通信、時事通信から始まり毎日、読売、朝日、産経、日経と、ずっと各新聞社、放送会社が並んでいます。場所の関係もありましても、兜クラブというのは相当広い記者クラブですが、オブザーバーの会員の方は棚が部屋の外側の廊下のところにあるのです。
それでブルームバーグ側の主張によりますと、たとえばトヨタならトヨタの決算の資料を入れていって、「わがブルームバーグ社に来るまで、最初に配り出してから1分30秒かかる。これは経済情報を入手するイコールアクセスの原則に反する。不公平ではないか」というのが彼らの主張です。
アメリカでも、今申し上げたように、日本の優良メーカーの株を買っている株主がたくさんいる。にもかかわらず、日本の通信社に比べてアメリカの通信社が入手する株の情報が日本の人より1分30秒遅れるということは不公平ではないか、というのがアメリカの主張なのです。
では、アメリカではどういうふうにして経済発表しているかといいますと、財務省とか商務省などで統計を発表するという場合には、だいたい部屋に記者、ジャーナリストの人を集めて、そこで資料を配る。そしてドアをバタッと閉めて30分間出ないようにしてしまう。そして30分の間に記事を書く人は記事を書く。そういうようなことで、30分たつと、「では、どうぞ」というようなことでドアをオープンするわけです。そういうようなやり方をしているわけです。
それに対して日本での統計資料の発表のしかたなどを見ておりますと、だいたい「閣議後使用」なんてポンとハンコを押して、毎週火曜日と金曜日に閣議をやるわけですが、そこで配られたりするわけです。そういうのを「エンバーゴ」と呼んでいます。それは、閣議が終わったという知らせで通信社が一斉に流し出します。最近は日本の通信社よりアメリカの通信社のほうがそういう経済情報が早く流れるようなこともありますが、日本の経済の情報がそれだけ商売になるということだと思うのです。
ですから、速水日銀総裁の会見などもそうです。前は、日銀総裁の会見などは、日銀クラブの会員だったらだれが入ってもよかったのです。通信社は5人も6人も記者を送り込んでいて、総裁が何か言うたびにパッと飛び出していって、電話口に飛びついて速報する。それによって為替市場とか株価が反応する。
それでは、じっくりと総裁会見ができないということになり、三重野総裁のころから、幹事の代表質問が終わるまでは出てはいけないということになりました。幹事の代表質問が終わったら速報する人たちは一斉に出ていって、パソコンを叩いたり電話連絡するというようなことになっているわけです。それだけ日本の経済というものが、我々が思っている以上にグローバルになっているということなのです。
新聞協会でもこのことが問題になりまして、私も小委員を務めましたが、外国報道機関の入会に関する小委員会をつくって、半年くらいかけてけんけんがくがく議論をいたしました。外国の報道機関はさまざまあります。たとえば中国の「人民日報」のように共産党の機関誌もあります。イギリスのBBCという放送会社は国営ですが、いわゆる日本における日刊紙のようなものとは違うわけです。そういうところも無制限に入れてもいいのかということになります。逆にいうと、それを認めたら、今度、国内でも共産党の「赤旗」から、「では、我々も入れろ」というような要求が出てきたりして大変ではないかという議論になりました。しかし、今、記者クラブの問題が、石原知事とか長野県の田中康夫知事から問題提起されて、新しい形になりかかっていますが、記者クラブの閉鎖性がだいぶ批判されているわけです。それで最終的にはやはり外国のメディアに対してもオープンにしようではないかという結論になり、今は、ブルームバーグも正式会員になりまして、そういう問題は今、当面一つはクリアされたわけです。それだけグローバル化というか、土俵を同じくしたなかで、いかに日本経済が体質強化をしていくかということになってきているわけです。
かつてソニーの盛田昭夫さんがご健在でいらしたころに私が伺った話として印象に残っているのは、「ビジネスとして海外にいくときには、着物なんか着ていったら絶対だめよ。背広にネクタイ姿でいきなさい」という言葉です。それはどういうことかというと、盛田さんの経験でいえば、たとえばアメリカ人はインドからターバンを巻いている民族衣装を着たインド人が商売なんかで訪ねてくると、まずアメリカの人は、こういう頭にターバンなんか巻いている人はどういうものの発想するのかなとまず思ってしまう。日本からビジネスマンが着物などを着てやってきたら、こういう着物を着ている民族はどういう考え方をしているのだろうかと思ってしまって、まず商売の話に入れないから、ストレートに商売の話に入ろうと思ったら、背広、ネクタイで行かなければいけないということをおっしゃっておりました。
やっぱりそういう、アメリカンスタンダードなのか、ヨーロッパスタンダードなのかわかりませんが、一つのグローバル・スタンダードになっているなかで戦っていかざるをえないのではないかという感じがするわけです。
では、そういうグローバル・スタンダードのなかで日本経済はどういうふうにしていくことが必要かということですが、景気をよくしたい、あるいは経済体質をよくしていく武器というのは限られているのです。それは三つしかないと思います。その第1は財政政策、第2は金融政策、第3は税制です。
このうちの財政政策は、ご承知のように、国、地方をあわせて660兆円の借金を抱える状況になっていますので、小泉総理でなくても、「入るをはかりて出るを制す」といいますか、緊縮予算を組まざるをえないわけです。
今月末に2002年度の政府予算案、概算要求を決めるわけですが、来年度の一般歳出は47兆8,000億円の規模です。これは、今年度の当初予算に比較すると8,600億円のマイナスです。これは最大の減額幅です。そして国債の新規発行を30兆円は削り込む。つまり30兆円以下に抑えるということです。ですから、ますます景気は悪くなるかもしれません。
小泉総理や竹中平蔵経済財政担当相は「構造改革なくして景気回復なし」と言っています。これに対して、亀井前政調会長、あるいは麻生太郎政調会長、エコノミストでいえば植草一秀さんなどは「景気回復なくして構造改革なし」と言っている。まったく反対のことを言っているわけです。
どちらも真実の側面がある。私は「二つの真実」と思うのです。確かに孫、子にこれだけのツケを残せない。大人がそんなにクレジットカードで当面今の生活を守ろうとしていいのかと思うわけです。私は、今、少年犯罪が起こっている原因は、突き詰めて考えると、こういう親の身勝手さのところにもないではないという気がしないではありません。やはり孫、子にツケをそんなに残していいはずはないわけです。この660兆円の借金を早く片づけなければいけないと思います。
しかし、その一方で、では、景気が悪くなってそのツケが返せるのかということになりますと、また非常に難しい問題で、なかなか大変だろうと思います。小泉さんは、新潟の米百俵の話をよく例に出されますが、苦しいなかでも将来の教育のために、小林虎三郎という藩幹部が教育改革にそれをかけたといわれるわけです。それも確かに一つあると思います。幕末の時代にあっては大事なことだったかもしれません。では、今、日本経済の体質を変えていくのに超緊縮予算でいいかどうかという問題です。参議院選の世論調査をみますと、小泉総理の構造改革には賛成です。しかし、今、政府に何を求めているかというと、圧倒的に景気回復を求めているわけです。ここに「ねじれ現象」があるわけです。
つまり、国民が小泉内閣を支持する率は高いが、同時にマーケットは小泉内閣を支持していないということになるわけです。このねじれ現象が来年度予算をめぐる族議員、あるいは公共事業族と小泉総理との喧嘩に発展していくのではないかとみられているわけです。
今後の経済政策の特徴は、「今後の経済財政運営、および社会政策、構造改革に関する基本方針」という6月末に出ました政府の方針ですが、7分野に重点を置くとうたっています。その7分野は何かというと、第1に環境です。たとえば低公害車をどんどん開発していこうというようなことです。第2に少子・高齢化。これは介護サービス事業に力を入れるというようなことです。第3は地方の活性化。たとえば野菜の生産基地をもっとつくることなどです。4番目が都市の再生。これはゴミのリサイクル、都市交通の完備などです。5番目が科学技術振興、6番目が人材育成。これは特に中小企業や大学対策です。そして7番目がITです。
この7つの分野については、超緊縮予算のなかでも2兆円の特別枠をつけて配慮しましょうということです。そして従来型の公共事業は1割カットをするということです。額にすると5兆円くらい削って、その分、低公害車とか介護サービス、7分野に重点配分しましょう、そして国債は30兆円に抑えるということです。つまり、30兆円、5兆円、2兆円が来年度予算のキーワードになっているわけです。
その考え方自体は決して悪くないと思うのです。しかし、景気はかなり深刻です。失業率も今度、月例経済報告で発表になります。あるいは有効求人倍率の統計が発表になると、5%の失業が出てくると思います。緊縮予算で雇用がもっと悪くなる、あるいは失業が増えると、新規7分野に重点配分しても、それだけで補える即効薬になるのかといえば、そこは私もなかなか「そうなります」とはお答えできないほど、即効的効果というのは、この財政政策では出てこないのではないかと思います。
とすると、では、第2の武器である金融政策で救えるかということになります。日銀は先頃、金融の量的緩和といいますか、デフレを少しでも止めるために量的な拡大をしようということを決めました。竹中さんは日銀に下駄を預けた格好で、日銀がもっと円安誘導をしなければいけないということまで言っています。「インフレターゲット論」がしきりに最近言われています。これはヨーロッパがやっているように、インフレの率を2%とか3%とかに目標を設定し、そこにいくようにいろいろな誘導政策をとったらどうかということです。また同時に、日銀が大幅な円安誘導をして輸出産業にプラスになるようにしてはどうかということです。
しかし、小泉さんは、インフレターゲット論にはきのうあたりの記者会見では反対というか、「インフレ率を設けると、それを超えてもっとインフレが進んでしまう可能性があるから、それは自分は反対だ」と言われています。
かりにターゲットを決めたとしても、そのインフレに持っていくということ自身がなかなか大変だと思います。今はもうデフレの時代になっています。新聞社でも、たとえば産経新聞が今月から即売料金を100円に下げました。東京新聞は今、100円です。朝日、毎日などは130円です。ハンバーガーでも牛井でもどんどん値下げをしている。値下げをしているから質を悪くしているかというと、そうではない。質をよくして値下げしている。それがデフレ競争になってきているわけです。
では、質をよくしてモノの値段を上げられるかというと、そこはなかなか難しい時代です。つまり、インフレになるということは、モノの値段があがっていかなければインフレにならないわけです。そこに持っていく何かよほどの誘導効果が出てこないかぎり、インフレにもっていくということはそう簡単ではない。
日銀の金融政策に期待するのはわかりますが、円安誘導などということになると、アメリカが逆にドル防衛ということもありますけれども、そうそう日本の円が安くなったら、中国からも批判が出てきますし、日銀が思うほど円安誘導はできないのではないかと思います。金融政策も、そう大きな期待はかけられないと思います。
そうすると3番目の税制はどうか。今しきりにいわれているのは証券税制とか相続税です。相続税は、中小企業の経営者が自分の息子に事業を継ごうと思っても、死んだときにたくさん税金を取られてしまうから息子に継げない。何か相続税を軽減してもらえないかという話は、かねてから中小企業経営者から出ています。
一方、証券業界はもう大衆に株を買っていただく以外にない。それ以外に証券市場活性化はないのだ、と。そうすると、株譲渡益課税が今は26%ですが、それを10%くらいに下げてもらわないことには株売買は進まないというようなことで、株の税制を税制調査会に検討を依頼しております。しかし、この証券税制にしても年度改正を伴うものですから、すぐにできるものではありません。ですから、景気即効効果という点では期待できない。
こういうふうに考えてくると、財政、金融、税制という三つの武器がいずれも劇的な景気回復効果を持ちえないのではないかという状況にあると思います。そうしたらどうすればいいかということですが、私は、次のように考えております。
今のデフレは、終戦後のドッジデフレとは違いまして、豊かさのなかのデフレというのが最大の特徴だと思います。モノの値段も下がれば、賃金やボーナスも抑制されて、失業やリストラも増えるのですが、それでも一般的にいえば、皆さんはお金を持っていらっしゃるわけです。日本の個人の金融資産は約1,400兆円あります。ただ、これを日米で比較した場合、非常に違う傾向が出てきます。
どういうふうに違うかというと、その金融資産1,400兆円のうち、日本人は約半分の50%前後を預貯金、つまり現金で保有しています。そして株とか投資信託とかの有価証券で保有している率は14%程度です。それに対してアメリカ人は逆で、現金で持っているのは十数%、50%前後は有価証券で持っています。
このことは、言い換えますと、日本人はお金をお金で持っている。しかし、アメリカ人は株という形でお金を企業に投資して回しているといえるのではないかと思います。もちろん日本の預貯金でも、それは郵便局にいったものが結果的には特殊法人にいったりということはあります。ですから、厳密な言い方ではないかもしれません。平たくいえば、日本人はお金をお金で持っている。いつでも引き出せるような態勢にしているわけです。
確かに、今、100万円を貯金して5年定期にしても、0.01%くらいの利回りですから、1年で1,000円くらいしか来ない低金利時代ですから、本当いうと、もっと皆さん方が有効な株に投資して、日本の企業を育てていくということがいいのではないかと思いますが、残念ながら、株式に対する信用がない。日本人にとっての財産は土地であるという神話が、依然として尾を引いているのだと思います。
それからもう一つは、老後の生活、病気になったときの蓄えということで、いつでも引き出せるように現金で持っている。つまり、自分なりの危機管理をしているということです。世論調査の結果でも、個人消費が伸びない最大の理由は、「将来に備えて」というのが45%で圧倒的に多いわけです。これでは、約500兆円あるといわれる日本のGDPの6割を占める個人消費が、伸びないのは当たり前のことだと思います。そこで、老後の生活とか、あるいは病気をした場合に、どういう安心感を国民に対してメッセージとして具体的に出せるのかということが私は小泉内閣にとって、急がば回れではありませんが、一つの処方箋ではないかと考えます。
それと矛盾するようなことを言うかもしれませんが、もう一つは、あまり政府を頼りにしてはいけないということです。よくアメリカと日本を比較して、日本の10年間を「失われた10年」という表現がありますが、バブルがはじけてから、政府が景気対策につぎ込んだお金は、事業規模にして250兆円を超えております。特に日本の政治家は、景気が悪いというと、補正予算をすぐ組んで、そして公共事業を計上するわけです。これに対してアメリカはどうかというと、アメリカも10年前には「双子の赤字」といわれて、経常収支も赤字でした。しかし、最近は、経常収支は単年度で黒字に転じてきています。
その理由は、一つには、前のブッシュ政権のころからキャップ制というのを採用しています。キャップ制というのは、日本でいうとシーリングといわれるものに近いのですが、歳出の上限を決めて、これ以上はこの予算については使わないというような一つの歳出抑制策の法案を成立させたのです。その政策は、クリントン民主党政権になってからも引き継がれてきました。今日のブッシュ政権にも引き継がれていますが、裏返していうと、国民のほうも、政府が財政的に困っているときには、あまりいろいろな注文を政府につけないという考え方です。「天は自ら助くるものを助く」という考え方です。
それに対して日本の政治家は、景気が悪いというと、ケインズ型のすぐ公共事業だという考え方になるのです。ここが基本的に違う。むしろ政治家のサイドが苦しいときこそ、国民の自立心を養うというか、育てるメッセージを発すべきではないかと思います。そこが違う点であろうかと思います。
少し前のことですが、アメリカの工科系の大学で、スタンフォード大学があります。そこのオクセンバーグ教授が、今の世界を評して、「舞い上がる鷲、吼える龍、さまよえる熊、萎れる菊」と言いました。このように申し上げるとだいたい皆さんご想像がつくかと思います。鷲というのはイーグルで、アメリカの象徴です。日本は菊、龍はドラゴンで中国、熊はベアでロシアの象徴です。つまり、舞い上がる鷲のアメリカは上昇気流に乗ってきている、龍も勢いよく耽えている、それに対して熊はさまよっている、菊は萎れている、このようにひと言で象徴したわけです。
そのときにオクセンバーグ教授は、「過去、自分たちは二つの判断ミスをした」と言っています。一つは、ロシアに対する判断のミスです。あのロシアがソ連の時代に、スプートニクという人工衛星を打ち上げたときには、アメリカのケネディ政権は非常にびっくりして、こんなにすごい人工衛星を持っている国は、きっと軍事的にも大変な精密な軍事力を持っているだろうということで、対ソ脅威を煽りに煽ったわけです。それに対して日本も同調して対ソ脅威論でソ連に対抗意識を燃やしたわけです。
しかし、そのアメリカの学者が言うには、「アメリカ人は月に到達する人類最初の衛星を打ち上げたことで、ようやくソ連に追いついたという気持ちになった。しばらくして、1980年代の終わりにゴルバチョフ政権のもとで、ロシア共産党が70年の歴史を終わって、ロシア共和国になってみたら、あのすごい軍事大国であったソ連はどこにいってしまったのだろうか。まさにロシアは、さまよっている熊ではないか。自分たちが考えたソ連のすごさというものはやっばり判断が間違っていたのではないか」というわけです。
「それと同じように判断ミスを犯したのは日本という国に対してである。1980年代、アメリカがレーガン政権、イギリスがサッチャー政権で、日本が中曾根政権のころに、中曾根民活といって、どんどん国のものを払い下げた。そして日本の企業は安い資金調達を経て、アメリカの映画界を買い取ったり、ニューヨークの高いビルを買い取ったり、世界一のゴッホの絵を買い取ったり、さまざまな資産を購入した。このままでいくと、1人当たりGDPだけでなく、世界的な規模でもアメリカを追い越していくのではないかとアメリカは非常に脅威を感じて、その対抗策として打ったのが、日米構造協議という考え方です。つまり、システムとして日本の構造は閉鎖的だということをどんどん世界に宣伝することによって、日本経済にダメージを与えようとしたわけです。しかし、日本のバブルがはじけてみると、どうも日本経済はそんなに底が深いものというか、力のあったものだろうかということを今になって反省している。自分たちが考えた日本のパワーが本当にすごかったのかどうか、今見ていると、萎れる菊のように見える」というわけです。
そして「ひょっとしたら、自分たちは第3の判断ミスをするかもしれない。それは、中国に対する見方である。21世紀は中国の世紀といわれるけれども、本当にそうなんだろうか」というわけです。
私も最近中国にいってきたのですが、確かに中国のエネルギーにはすごいものがあります。この秋に上海でAPECが開かれますし、2008年の北京オリンピックが決定しましたし、2010年には、これは来年決まることですが、2005年の愛知万博のあとにまた万博をやるのですが、それに上海万博が立候補しています。だいたい上海に決まると思いますが、ものすごい宣伝と、モノレールまで引こうということで、実際、上海の町は今ものすごい変わりようを示しています。上海で、グランドハイアットというクリントンも泊まったという80階建てのホテルに私も泊まってみたのですが、これが中国かと思うようなすごさでした。黄浦江を見渡せる外灘のほとりで、一番高いところにバーがありますが、そんなところに行く人なんかだれもいないだろうと思って行ってみたら、もう中国人の人たちがやたらにいるので、びっくり仰天いたしました。
だいたい中国の発表では、上海の1人当たりGDPは4,200ドルということになっています。これは中国の専門家に聞くと、8,000ドルになっているといっています。郵小平さんが生きていたころに言ったことは、「建国100年、つまり2049年(1949年建国)、ちょうど21世紀の半ばには1人当たり4,000ドルのGDPの国にもっていければいい」と非公式に言っていたとされていますが、上海を見るかぎり、そこの域には達していると思います。
今、西部大開発ということで、雲南省や貴州省などの内陸部に投資しています。そちらに行きますと、確かにまだ貧しい。上海の3分の1あるいはひょっとすると4分の1かもしれません。しかしながら、そのエネルギーたるやものすごいものがあります。このまま放っておくと、中国という国は21世紀は中国の世紀になるのではないかという気がするわけです。
ただ、問題がないわけではない。というのは、よく文革の時代にいわれた言葉に、「為人民服務(ウエイレンミンフーウー・人民のために奉仕する)」という毛沢東語録のなかでよく使われた言葉がありますが、今、使われている中国人のはやり言葉は、「為人民幣服務(ウエイレンミンビーフーウー・お金のために奉仕する)」といわれています。つまり、金儲けの世界に中国人の目は奪われてきているわけです。そうすると、所得のある人、ない人の格差が広がっていくことはもう目に見えているわけです。活力、労働意欲は片方では非常に刺激されていますが、その一方では、取り残されていく人々が増えてきている。その格差をどういうふうに是正していくかということが一つの問題だろうと思います。
もう一つ高齢化です。中国の統計を聞いてびっくりしましたが、65歳以上の人が7%になったということです。7%というと、日本では大した数字ではないかと思いますが、中国人は統計上だけでも13億人。それで計算したら7%というのは9,800万人くらいになる。つまり日本人の人口の7〜8割に匹敵する。しかも、日本のように介護保険があるわけではない。年金医療制度が発達しているわけではない。少子化を長くやってきた「ひとりっ子政策」の弊害で、1人が2人の親を見る、結婚すれば2人で4人の親を見るという世界になっていますから、中国の高齢化問題は相当深刻なものにこれからなっていくだろうと想定されます。しかし、なおそれを補って余りある中国の活力ではないかと思うわけです。
話を政治に戻したいと思いますが、私は、早稲田大学で教えているなかで、参議院選にあたって学生たちにアンケートを取ってみたのです。どういうことをアンケートしたかというと、小泉さんを支援している人たちには、「小泉改革を達成するのには自民党を増やすことが必要だ」という意見と「自民党を増やせば、そこに入ってくる人は橋本派とか宏池会とか、既成の派閥に属している人が多いから、自民党が議席を増やしても、小泉改革には逆にいうとブレーキがかかる」という意見がある。どっちが正しいと思うかというアンケートを取っ'てみたのです。
学生は真面目に考えますから、結果的には、小泉さんのおかげで当選してくるのだとすれば、小泉さんに刃を向けるわけにはいかなくなるのではないか、と。小泉改革に同調すると言っていて、当選したあとそれに反対するようなことを言うのだったら、その議員は国民からの支持を失っていくのではないか、という意見のほうが6〜7割くらいで多かったように思います。
しかしながら、厳然として族議員は動き出しています。今度の特殊法人の改革にしても、道路公団の事業を凍結しようという石原伸晃さんの行革でつくった案は、作家の猪瀬直樹さんが中心になってまとめたものだといいますが、そういうドラステイックな案に対しては、早くも道路族といわれる議員の人たちだけではなく、国土交通省のなかでも反対ののろしが上がってきています。ですから、特殊法人改革といっても、そう小泉さんの人気が高いからといって一気にできるものではないと思うのです。
しかも、これだけ景気が悪いと、「景気回復あってこそ構造改革だ」という議論がどうしても強くなってきます。エコノミストの植草さんなんかは、小泉さんは必ず白旗を上げるだろうという予測を立てていますが、この秋口の9月決算から来年の予算編成にかけて、株が1万1,O00円台を割ったり失業率が5%より悪くなっていくという事態になると、小泉改革には大きなブレーキ要因になっていくと思うのです。しかも、残念ながら、これは証券会社の方にお聞きになるとすぐわかりますが、私も証券会社の幹部の方にお聞きすると必ず返ってくる言葉は、「残念ながら、日本の今の景気がどうなるかというのを見るのは、日本の指標ではない。アメリカの指標で見るんですよ」という言葉です。つまり、アメリカの経済がよくなるかどうかということが、日本の経済を見る大きな指標だといわれるのです。
これは、さっき申し上げたことからすれば当然なことです。つまり、グローバル経済のなかに日本経済が組み込まれているということからすると、そのグローバル経済のなかでの先導役はやっぱりアメリカですから、アメリカがどういうふうになっていくかということが一番大きな要素なわけです。そうすると、去年後半から悪くなってきた景気が、U字型で回復するのか、V字型で回復するのかということが非常に論議になっているわけです。
アメリカのフェルドスタインという経済学者は、3%から5%くらいの成長路線はいくだろうといっていますが、少なくとも、もうV字型回復というのはちょっと遠のいたわけです。つまり急速に回復する道はなくなった。L字型もなくなったのではないか。つまり、アメリカの今の生産性の向上などから見て、ずっと停滞したままということはないだろうという見方です。そうすると、U字型という見方が一番多いわけですが、問題は、U字型のUの底辺の部分がどのくらいの期問続くのか。半年くらで済むのか、あるいは2,3年続くのかというところが一番大きな焦点になっているわけです。
これは、アメリカのグリーンスパンなどの金磁政策に関わるところは多いのですが、やはり下手をすると、日本が引き金になって、秋以降、世界同時株安ではありませんが、同時不況的な要素になる可能性がまったくないわけではないので、今度10月にブッシュ大統領が日本に来ることになっていますが、そういう点を含めてやっばり日米間で世界経済をどういうふうに回復させていくか、日本全体の経済をどう強化していくかということが、おそらく日米間の一番大きな話し合いのテーマになるのではないか。そこで小泉さんが踏ん張らないと、景気回復派にしてやられてしまうことになりますよ、ということです。
しかも国民は、さっき申し上げたように、小泉改革を支持しているように見えますが、心のなかでは景気回復を願っているわけですから、小泉さんは、あまり形式論だけにとらわれて、小泉改革だといってお膳立てしてしゃべっているようではいけないのではないかと思うわけです。
最後になってきましたが、『首相列伝』(東京書籍)という本を書きました。私一人では書ききれないので、何人かのジャーナリストと学者に手伝っていただいたのですが、伊藤博文から小泉純一郎まで、その人と業績、エピソードを全部まとめて一冊にしたものです。
今、世の中のテンポが非常に早く変わるようになっているので、日本人は歴史をもう少し勉強してみる必要があるなと思い直しているところです。特にITの進化に伴って、そういう方面の人たちの表現では「ドッグイヤー」という表現があります。文字どおり「犬の年」ですが、犬の寿命は人間に比べて7倍速いといわれています。人間の1年は犬の7年に相当するということです。そういうことからすると、「失われた10年」なんていいますが、ドッグイヤー的な表現をすれば、「失われた70年」に相当するくらい時の流れは速いと思います。
そういうなかでやっていくべきことは何かというと、やっぱり今世紀、日本が目標をしっかり持つということが少なくとも三つあると思います。1番目は、基盤のしっかりした政治を確立する必要があること、2番目に、着実な経済構造、経済体質を強めていくことが必要だし、3番目に国際杜会への積極的な貢献と提携ということが必要だと思います。
今年9月8日でちょうどサンフランシスコ講和条約から50年になります。50年前、吉田さんの力で日本は独立を回復したわけですが、私は吉田政治はいい面と悪い面があると思います。いい面では、戦後政治の日本の基礎を確かにつくりましたが、あそこで講和条約をつくったときに引退されるか、あるいはもし続けるのであれば、もう少し日本が徳の国家というか、世界から尊敬されるような国になるべく方向を出すべきではなかったか。いまだに近隣諸国から「戦争の反省が足りない」と言われるようなことは、ある意味ではみっともない話だと思うのです。それは相手のほうにも言い分があるでしょうけれども、日本自身にもちょっと何かそのへんに足りないものがあるのではないかということを考えてみる必要があると思うのです。
私はそのことを宮沢喜一さんに言ったことがあります。宮沢さんは講和条約についていきました。調印式の帰りの飛行機のなかで、吉田さんの側近だった白州次郎さんが、総理に引退を進めることになっていたけれども、帰りの飛行機のなかでマージャンをやったら、白州さんが国士無双の満貫をつのってしまって、その嬉しさのあまり忘れてしまったんだというふうに解説しておりました。それはどこまで本当か知りませんが、やっぱり吉田さんが残した功罪の半分を我々は背負っているのではないかと思います。講和50年ということは独立を回復してから半世紀ですから、今からでも日本は、日本自身が実力をつけるとともに、尊敬される国家、愛される国家としての新しい出発をしなければいけないのではないか。そういうことが小泉総理だけではなく、私たち日本人全部に課せられた宿題ではないかと思うわけです。ご静聴ありがとうございました。一了一